「少女」を読んだ。:自殺について思うこと。

この前読んだ、「Nのために」に続き、
湊かなえの本「少女」を読んだ。

ひとつの作者に、はまると、
いっきに読みたくなる。

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想像力が乏しいくせに、自分では知性があると思ってる人が、
自殺を選ぶ。
自分が想像する世界だけがすべてだと思い込み、
それに絶望して死を選ぶなんて、なんて短絡的なのだろう」
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自殺した少女の遺書から冒頭は、
始まる。
(最後の最後でこの遺書が誰が書いたものかが明らかになる。)

少女 (ハヤカワ・ミステリワールド)
湊 かなえ
早川書房
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そして、2人の少女の視点が、
交差しつつストーリーは進む。

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子供なんてみんな、試験管で作ればいい。選ばれた人間の卵子と精子で、優秀な人間だけを作ればいい。
それがムリなら、生まれた子供は全員、国の施設か何かに収容されて、成人するまでそこで育てられればいい。
同じ服、同じ食事、同じ部屋、同じ教育、同じ保護者......。みんな平等な環境を与えられて。
そのなかで、努力と才能が足りなくて、落ちこぼれてバカにされたり、性格が歪んで迫害されるのなら、仕方ない。
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人が死ぬ瞬間を見たいと切望する、
少女、少年。

それぞれが別々の夏休みをすごし、
ある点で交わることになる。

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「きっと、ここにいる子どもたちはものすごく純粋なのだ。
当たり前に生きている人にはわからない感動を、まっすぐ吸収し、
素直に表現することができるなんて、うらやましい。・・・」
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ここで書かれた純粋な子ども2人。

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自分は不器用だという人の大半は、
気が利かないだけなのだ。

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そして、ここで書かれたおっさん。

この人たちにかかわることによって、
少女たちはある事件に巻き込まれることになる。。。

この部分は、えっ、こうくるの?
って思った。

あとあとで、わかってくる、
その他の頂上人物たちのつながりも、面白い。
こういう関係があったのか。とか、
最初(と最後)の遺書を書いたのはこの人だったのか。とか。

読んでて、前半は、普通だったんだけど、
後半になるにつれて、ガガガっと引き込まれた感じ。

裏サイトとか自殺とか、
現代の若者のブラックな心理をうまくついている作品だと思う。

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「うーん、一言でいうなら、『死』って、『退場』ってことなんだ、って悟ったこと、かな?
よくさ、勘違いしたヤツが、ゲームオーバーとかリセットとか、そういう言葉使うけど、そうじゃないんだ。
それって、自分が世界の中心って勘違いしているバカの発想なんだよな。まぁ、あの日までの俺もそうだったけど。
『死』ってのは、この世から、退場するってこと。
ひとり欠けたからって、世界は何も変わらない。世界は終了なんてしない。
果てしなく続くんだ。たとえ生まれ変わったとしても、途中参加でしかない。それなら、今の世界に長く参加して、
自分を含めて世界がどんなふうに変わっていくのか、見届けたくない?」
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自殺を自分が考えたことがないっていったらうそになる。
真剣に考えたことはないけど、ふと考えたことはある。

もし自分が死んだらどうなるか?

でもこの本で書かれていることと同様、
どうにもならないって結論に達する。

自分の家族、友達、知人が一定期間のあいだ悲しむ。
それだけだ。

自分が、今死んだってなにも変わらない。

地球の温暖化現象は止まらないし、
ブラックバスが琵琶湖の生態系を崩すのも変えられない。

でも、
生きてたらどうだろう?

勉強して努力したら、
温暖化現象を止めるような画期的なアイデアを思いつくかもしれない。
ブラックバスが生態系を崩さないような、
画期的な共存システムを作り出すことができるかもしれない。

死んでもなにも変わらないことは、
生きていれば変えられるかもしれない。

自分はそう思う。

人間の可能性は、∞(無限大)。

そう思う。

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