正直で、謙虚で、他人を尊敬できる人間に 『修身論:小林よしのり』を読んだ。

最近、おぼっちゃまくんで有名な小林よしのりさんが書いている、
ゴーマニズム宣言が好きでよく読んでいる。

戦争について、部落差別問題について、沖縄の問題について、天皇陛下についてなどなど
さまざまな社会の問題について著者の傲慢?な視点で、
語っていく漫画。
漫画といってもかなりの文字量なので下手な文庫本とか新書とかを読むよりも、
読み終えるのに時間がかかる。

著者の主張は、自分にとっては新鮮で、
自分がいかに社会に対して無知だったかを知らされる・・・。
(というかこの本を、最近までしらなかったことも無知なのかも知れないけど。)

かなり極端な意見もあり、個人的に疑問に思うこともある。
でもそういうことも含めて読んでいて面白い。

例えば、この前よんだ『天皇論』では、
そもそも自分自身が、天皇陛下という存在について、
まったくもって疑問を持たず、何も知らなかったことに
気づかされた。(この本の感想はまた今度書こうと思う。)

そして最近でた本、『修身論』を読んだ。

ゴーマニズム宣言PREMIUM 修身論
小林 よしのり
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そもそも修身とは、

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しゅう‐しん 〔シウ‐〕 【修身】
1 身を正しくおさめて、立派な行いをするように努めること。
2 旧制の小・中学校などの教科の一。教育勅語をよりどころとする道徳教育を授けたもの。
<デジタル大辞泉より引用>
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つまり、

正直な人間になりましょう。
他人に謙遜しましょう。
人を尊敬できる人間になりましょう。
礼儀正しい人間になりましょう。

といった、人としてあるべく姿を
教える科目であった。

が、
この科目があるときを境に「道徳」に変わってしまった・・・。

そして「道徳」しか教わらなくなった現在、
日本人は、「生き方本」にハマリ、
自分を探すべく翻弄している。

自由を得たかわりに、
身の修めどころがわからずに、生き方を探す。

そんな中だからこそ
著者は、

「年々見苦しい人が増えてくるなぁと感じている。修身しろよと言いたくなる。」

という。

個人的にも本当にそう思う。

修身ってたぶん、
デールカーネギーとか松下幸之助とかが教えてくれる。

・素直で誠実で熱意を持った人間になりなさい。
・自分の話をするのではなくて、人の話を聞きなさい。

↑こういったことを教えてくれていた科目なんだと思う。

それを大人になって知ったとき、自分自身、衝撃をうけた。
なんでこんなこと大人になってからしったんだ・・・と。
もっと子供の頃にわかってたらもっと、
ちゃんとした行動がとれたんじゃないかと。

つまり大人になってから当たり前のことを知った衝撃。
自分がいかに無知だったかを知った衝撃。
それがあった。

とはいえ、
そんな過去の話を、あの時教わっておけばよかったなんて、
言うのは建設的な話ではない。

自由な世界に生まれた僕らは、
自分自身で修身を学んでいくしかない。

自分が見つからない、生きてる意味がわからない。
そんなふうに感じることもあるかも知れないけど、
結局、できることは、

今、できること。今、すること。今、したいこと。

それをただ実行するしかないんだと思う。
それは仕事かもしれないし、勉強かもしれない、社会貢献かもしれない。
倫理的に間違ったことでなければ、それをすべきだと思う。

福沢諭吉が残した。

「一身独立して、一国独立する」

この言葉の意味を理解し。
ただただ、愚直に前に進む。
今、自分ができることを。すべきことを。したいことを。
それが将来の糧になると信じて。

それが修身につながるんじゃないかと個人的に思う。

例えば今、自分ができる(やってる)ことなら、
・仕事を円滑にこなすためにリーダーシップの勉強をする。
・きたるべくグローバリゼーションに備えて英語の勉強をする。
・健康管理のために、ハイスタを聞きながらマラソンをする。
とかね。

最後に、著書の中で消費について言及されていた部分が、
印象的だったので、引用。

「人は生産を通じてしか附合へない。消費は人を孤独に陥れる」

これはまさにそのとおりかも知れない。
よく、
「買い物が趣味だ。買い物でストレスを発散させている。」
なんて人がいるけど、
この人たちは結局はなにも解決していないのかもしれない。
ただ、空しさの渦に巻き込まれているだけなのかもしれない・・・。

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