誰もがかかえる劣等感に負けないこと 「片眼の猿:道尾秀介」を読んだ。

自分が周りの人間と違うことに思い悩んで、自尊心という右眼をつぶそうとしていた。
でも、それをやってしまったらお終いなんだ。
自尊心を失くしてしまったら、いずれ心はずぶずぶに腐ってしまう。
そしてそんな心は決まって、悩みの解決を、ある安易な方向に求めてしまう。

いままで読んだ、道尾作品の中で、
個人的に一番、読後感が良かった。


片眼の猿―One-eyed monkeys (新潮文庫 み 40-2)
道尾 秀介
新潮社
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人間それぞれが、感じているコンプレックス。
人は心の中になんらかの劣等感を背負っていると思う。
小さなことも。大きなことも。


きみの持っている劣等感は、単なる思い込みなんだって。
きみのどこかに欠点があるとすれば、それは自尊心を持たずに生きていることなんだ。

物語は、
自身の耳にある特徴をもつ探偵の主人公と、
その助手となった、目に劣等感を感じている女性が
中心となって展開していく。

そして、その主人公が住む、
個性的なアパートの住人たちも忘れてはならない。

このアパートの連中は人を見て、
ただ「人」だと感じる。それだけなのだ。

この住人の秘密は、
最後になって明かされることになる。

読み終えて、いい作品だなって思った。

片眼の猿の意味は、

ある村にたくさんの猿が住んでいて、その猿は
全員が片眼だった。
あるとき、その村で両眼を持つ猿がうまれた、
その猿は、自分だけが周りと違うことを悩み、
結局、片目を自らつぶしてしまった。

両眼を持つ猿のとった行動は、両眼をもつことが
普通の自分たちにとっては、ありえない行動だ。
でも、人間は時として、
この片眼の猿と同じような悩みを抱え悩んでいる。

マジョリティであることが本当に正しいことのなのか?
たとえ自身がマイノリティであっても、
そこに信念や誇り、自尊心があればそれでいいのではないだろうか?

そんなことを考えさせられた作品でした。

ここから 人間というのはけっきょく、記憶なのではないだろうか。姿かたちが人間を作るのではないし、
見聞きしてきた事実が人間をつくるのでもない。事実の束をどう記憶してきたか。
きっとそれが人間をつくるのだろう。そして、事実の束をどう気送るするのかは、個人の勝手だ。自分自身で決めることなのだ。

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